茫茫漫遊記 世界一まわり編(1)
イギリス
フランス
ベルギー
デンマーク
ロシア
スウェーデン
ドイツ
ノルウェー
スコットL
アイルL12
アメリカ
6月2日 ベルゲン・ブリッゲン地区の町並

ハンザ同盟(14世紀頃から北欧商業圏を支配した北独の諸都市を中心とする都市同盟) 時代の建物が並ぶこの町・ベルゲンのブリッゲン地区は世界遺産に登録されています。
       


    


ベルゲンは 干し鱈を主として取り引きしたところです。

この建物群は港に向かって建っていて、今ではすべて お土産やになっていますが、細い路地があり、そこを入るとまるで時間が止まっているような不思議な 空間を歩いている気分になります。

古い木の床を敷いたその路地の中にもさまざまな店が軒を 並べています。木造のハンザ博物館の床も歩くと軋んで音が立ちます。


少し離れた通りにある聖ヨルゲン病院・ハンセン病 博物館に行きました。

聖ヨルゲン病院は、中世後期からライ病の研究、治療、療養を行った病院で、 ローベルト・コッホの弟子であるハンセンが1873年にライ菌を発見したのです。

博物館といっても、 暗くきしむ木の階段を登ると、小さなベッドが一つあるだけの病室が並んで残されているのでした。 ベッドの枕元には、患者のものであろうロザリオや祈祷署などが、ありました。

治療の方法が見つからなかった頃の悲惨な患者さん達の終焉に思いを馳せました。一つだけの救いは、 療養施設から直接ミサに参加出来るようになっていた聖ヨルゲン教会でした。明るいとは言えないものでした。

左はその教会の暗い祭壇です。

魚市場
    


この町は二度目の訪問です。

ベルゲンの魚市場は賑やかでした。日曜日以外は毎日、新鮮な魚介類、乾物、燻製、 キャビアの瓶詰めなどを売る店が立ちます。

お土産を売っている店もあります。日本語はほとんど わかりませんが、中に一軒、日本の女の子が働いていたのにはオドロキマシタ。

このゆでたエビは 美味しかった。でも日本へは持って帰れませんからせいぜい話の種に味わって・・・。と、 言うことになりました。

お昼はこの市場で、スペシャル・シー・フードサンドウィッチをつくって貰い、 ロブスターの大きなはさみを割ってもらい、燻製のニシンを買い、苺とプラムを買い込んで、 部屋でビールを飲みました。そして、オヒルネ。満足。満足。


平和な闘い?なんてないでしょうが・・・。

13世紀のの領主の館や、16世紀の領主が 建てたローゼンクランツの塔(要塞と館を兼ねた建物で、
ここの塔に登ると港が見えます。



ポインターを載せてください


ここにのぼると港の様子が手に取るように わかります)、大聖堂なども興味のあるところでしょう。ます
ポインターを載せると見られますが、この前庭で若者達(多分)がこんな格好で、試合のようなことをしていました。

芝居の練習かなとも思いましたが、それにしてはしっかりと中世?の衣装を身につけていましたので、 何かセレモニーの予行演習なのか知れません。

「やぁやぁ我こそは」の時代のつもりなのでしょうね。 みんなまじめな顔でした。

これが500年経つと無辜の人々を一瞬にして殺戮してしまう兵器の使用に なってしまう・・・・。戦争の凄惨な情景を思い出しますと、この闘いの様子は、 ほとんど平和的にさえ見えます。思うことが多いですね。


6月3日 ベルゲン・山肌に建ち並ぶ家々

ケーブルカーで、この美しいフィヨルドの港を 見下ろすフロイエン山へも登れます。



オモチャの様な観光トロリーにも乗れます。「ソルベーグの歌」 を聞きながらまわるのです。

少し離れていますが、グリークの住んだ家の記念館(あの音楽の生まれる のが当然とおもわれるようなしずかなフィヨルドに向かって建っています)にも行けます。

ここは前回訪れましたので、今回はパスしました。

出港は午後8時、この日は市場の お祭りで、岸壁に花火があがりました。ここの日没は11時時近くですから、昼花火大会です。 日本の昼花火は煙に色がついていますが、ここのは殆ど煙は出ずに、パチパチと火花に色がついていて さっぱりした花火でした。


  岸辺の村の小さな教会

ゾグネフィヨルドに入っています。このフィヨルドは全長205キロ、 世界最長、最深です。

200乃至300万年前・氷河期のあとで、緩やかにとけだした水の流れに氷の 塊が呑み込まれ、大地を深く削り取り、その削り取られた谷を氷河が圧迫しながら海に向かって流れ、 平坦な土地を深く削り、いよいよ深い谷を形成したのがフィヨルド。説明が長くなりました。






   カモメが飛んでいます。
  ポインターを載せてください
瀧が見えます。

深く入り込むと海につながっているとは思えないほどの静かな水面です。 海だと言うことは少ないけれども干満の差を示す跡が岸辺に見られることでわかります。

切り立った谷が両側からせまり、主として松の種類だと思われる濃いみどりの樹木や草が育っており、 見上げれば雪を被いだ峯があります。

そこから雪解け水がしずかな滝になって流れ込み、清澄な水面 は陳腐な表現ながら、この写真でもわかるようにまるで鏡です。

小鳥の声さえも透明に聞こえるような 感じがいたします。好天に恵まれて本当に別 世界にいるような気分でした。


フィヨルドの岸辺のところどころに、少しだけ海に向かってなだらかなところがあり、 平坦なところがあると、そこには小さな村があり、農家らしい小さな家があり、小さな畑があり、 羊を飼っていたりするのが見られます。

こんなところでも教会が建っていて、住民の敬虔な慎ましい 生活をうかがわせます。長く暗い冬がなければいいところだな、と思います。でもその長く暗い冬が、 春を喜び、思い切り夏を愉しむことにつながるのかも知れません。冬は沈思の季節・憧れはそんな季節に 生まれることでしょう。

北欧の人々はみなすばらしい詩人になれる環境にある・・・・。

  
  フロムの村のコッテージ

フロムは小さな村ですが、フロム鉄道の基点になっていて、いくつかのお土産やと カフェ、観光客用のバンガロー、可愛いコッテージなどがあり、小さなホテルが一つありました。 ここは標高2メートルのところです。


フロムとは、古代ノルウェー語で「険しい山の間の小さな平地」と言う意味だそうです。



フロム鉄道はここから、標高867メートルのミュールダール までの20キロをつなぐ鉄道で、20キロのうち、6キロがトンネルと言う事で、急な斜面を 螺旋状に掘り進んだトンネル工事は大変な難工事だったと言います。1940年に開通しています。
途中は右左の急峻な渓の風景、飛沫をあげる大きな滝のところでは、シャッターを切る時間をつくって くれるサービスがあります。今回はそれに乗らずに、近くを散歩して過ごしました。フロム鉄道の駅は、 大きなお土産やになっていて、切手売り場もあったので、絵葉書を数枚投函しました。

湖でもなく、 沼でもなく、海だなんて信じられない風景ですね。
ここには、清冽な川が流れ込んでいて鱒釣りも されるところです。でもどうしてこんなにしずかなのでしょう。林檎の木がありましたから、花の季節はきれいでしょうね。

日光浴をしたり、6月初旬なのに子供達が水浴びをしたりしていました。 観光馬車(と言っても、農耕馬か、荷物を運ぶ馬かと言う感じ)があって、近くの村落を一回りすることも できるようでしたが、私は散歩と休息に時間を使いました。心豊かになったみたい・・・。

6月4日 ジョステダル氷河の先端








フロムを出港して、2時間ばかりゾグネフィヨルドを北海に向かって航行し、分岐点から ジョステダル氷河の先端が見えるところへ入って来ました。

山と山の間に逆三角形になってはさまって 見えるのが氷河の先端です。雪ではなく氷だからでしょう。望遠鏡でみると薄青く見えます。

この下に 見える人家のあるところは、アメリカのモンデール元日本大使の故郷で、モンデールと言う村なのだそうです。

私たちの船がたてる波が水面をみだしますが、船の前の水面は静まりかえっています。この時、 時間は午後8時15分頃で、今日の日没は午後10時51分と言うことです。


下の建物はこのフィヨルドの中で一番の高級ホテルです。
有名な人々は此処で避暑をするのでしょう。
私たちは見るだけで通り過ぎます。まことに美しい建物でした。

[上へ戻る]目次ページへ]