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タイトル1

                           4月21日

 今日はイースターです。 クリスチャンでもない私には関係なく船室から海を見て過ごします。
 船内生活はいつもの通りですが、明日のウラジオストク上陸に必要な手続きの説明がありました。
 夜中に船内時間を一時間進めました。
 
 ロシアに上陸、と言ってもウラジオストックに何時間かですが、それでもロシアという外国ですから、
 いろいろと手続きが必要で、乗客千八百人近くが、出国手続きをしなければならないのです。
 明日はロシア人の入国管理官がきてパスポートのチェックをしますから今日の内に
 手続きが順調にゆくように艦内でチェックをします。

 食事をして船の中をそぞろ歩きをするだけの運動。無駄な時間をついやしている。
  部屋のテレビで映画を見る。上映映画の中に映画「万引き家族」が入っていたので、考えさせられた。

  ニュースではノートルダムの火災報道がつづいています。。

 

4月22日 


  早朝ウラジオストック港に入港。目の前に。幾団にも
重なり合うようなビル群がありました。

  入国管理官にパスポートにスタンプを押してもらって下船。殆どすべての乗客が下船するので大混雑






埠頭の目前にシベリア鉄道のウラジオストック駅があります。
ここからモスクワまでのシベリア鉄道の始発駅です。




昔の建物そのままです。以前に来た時はイルクーツクから乗車して,此処に着いたのでした。
駅の雰囲気は全く変わりません。

この次の日、北朝鮮の金正恩が来るのだったとか。でも全く緊張感を感じられなかった。

日本人の為のツアーに参加しすくことにしました。ガイドの日本語は
私の英語よりもわからない程度である。バスもよろしくなかった。

 

その文句はともかく、教会を訪問。
宗教は麻薬だと言われていた時代を過ぎて、教会は立派に立ち直っていたのに驚きます。
「宗教は麻薬」と言われたあのマルクス主義の時代を知らない世代に
属するのだろう若いガイドの案内は歴史を知らない世代だと思いました。
あちこちに建っていたあの頃のレーニン像はもはや見られませんでした。
 




夫と来た頃はこの港はまだ軍港として使われていたので、軍艦が多く停泊していました。
その時の旅行報告に「アムール湾とウスリー湾に挟まれた半島の尖端の金閣湾にあるこの港は、
沿海州第一の港。商業港であると共に、軍港でもあり、、ワシノス展望台から
こうして軍艦が見下ろせます」
と書いてありました。今は開放されて美しく長い橋が湾を横切ってます。

 
      
現在の展望台                     以前の展望台 
 

連れて行った貰ったのは上流階級の
それも優秀な子女が入学する学校をみせられました。


此処で合唱を聴かせてくれるというはなしでしたが、それは無しでした。
学校行事があるとのことで、生徒達と顔を合わせることもなかったのです。
先生が、この学校の宗教改革のあとの再建の歴史を話してくれました。
 
 
     

ボルシチの昼食を体育館みたいなところで供されました。

住宅は公的なサービスを受けるのでしょう。
アパートメントのような建物があり、
すべて集中暖房なのだと

ガイドは言いました。

一般庶民の生活のような部分は
今回は見せてもらうことは
出来ませんでした。

残念でした。




黄昏時に 出港 。 1日だけのロシアでした。旅愁を誘う船出ではありましたす。

 

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