茫茫漫遊記 中華民国・大連・北京 紀行

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今日は歩いての観光です。ホテルからまっすぐの通りをあるいて、天安門へ、20分足らずの距離でした。
来週は国慶節という事で、通りの草花も新しく植えられて飾られています。道の辺の花壇に働く人々。設置されているスプリンクラーも働いて忙しそうでした。
ニュースなどで天安門前広場と言えば、毛沢東の写真の飾ってある門をみせられるのですが、これはあくまでももんであって、この門の前には広い道路があり、その下を通る地下道をくぐって出たところが、その広場でした。
天安門は故宮の一番最初の門なのです。ここから、あの広大な故宮博物院(紫禁城)がはじまるというわけなのでした。この紫禁城の広大さ。東西約750m、南北約960mに及びます。高さ約10mもある城壁と広い濠に囲まれた地域に、部屋数は合計9千以上あると言われる中国古代建築による宮殿が、ほぼ完全な形で残されているのですから、驚きです。

天安門前広場はポインターで下から出ます。そこには兵隊が立っていて警備をしています。この広場も国慶節の準備で大変な飾り付けでした。

 
    マウスポインターを当てて下さい


天安門前広場では国家的行事は多くここで行われ、報道されますので、名前はよく知られています。

天安門前広場は明。清。中華民国時代は官庁街であったそうです。44ヘクタールの大広場です。

国会議事堂にあたる人民大会会場(1万人収容)、宴会場(5000人収容)、国家博物館、など巨大な建築物が広場を囲むように建っています。

道路の下の通路をくぐって、故宮へと向かいます。
天安門をくぐると、端門、午門とまた門をくぐります。
ベンガラ色の壁と金色の装飾と眩しいばかりの配色です。午門の前では、罪人の処刑を行ったりしたという事でした。そこでは身を削ぎ取る刑もあったとか、残酷な話です。



端門


午門

 

大和門をくぐって大和殿です。ここに皇帝の大事な、政務をつかさどるところとなっています。




大和殿の屋根飾り
これは大小さまざま、数もさまざまですが、
宮殿の屋根には全部ついています。
下から出るのは、大和殿前の防火用水
冬は下に火を焚いて凍らないように
してありました。






乾静宮です。
皇帝の住居でした。


殿は政務を行うところ、宮は住居となって
いるわけですが、
大和殿。中和殿。保和殿。交泰殿。
坤寧宮、乾清宮とその数は解りません。



大和殿を抜けると、美しい金の甍の連なるのが見られます。金の甍のベンガラ色の壁のたたなわる情景は息をのむばかりです。

紫禁城の城郭の中の 解放されて、観賞出来る部分は3分の1位なのだそうですが、それでも壮大な宮殿の数々にには圧倒されてしまいます。

これからあと、「お花園」だとか「宝物殿」なども通り過ぎて、半日の観光を終わる事になりました。じっくりと見たかったら、これでは全く足りません。





天安門から入って出口はこの門、神武門です。これは北門と言うことです。

こちらからも入れるそうですが、天安門広場を見てから入り、中路を通ってここに来るのが順当な歩き方の様です。

ここにくるまでは、紫禁城と言う感じだったのですが、こちら側に来てはじめて「故宮博物院」と言う額がみられました。

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神武門からまっすぐ見えるのが「景山」です。

明代に永楽帝が風水を占って、造った掘
開削の残土で人工の丘を築いたのだそうです。治水という意味があったのだと思います。それが景山と言う名のある公園になっています。
  景山公園は、清代の皇室の禁苑だったのですが、開放されたものです。面積は23万u、高さは44.6m(海抜88.7m)もあります。頂上に三層の万春亭があり、北京城の中で最も高いところでした。ここからは南に広がる北京の城下を一望できるそうです。

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