茫茫漫遊記 小笠原 紀行
    
まずは横浜から・。    
  乗船して父島へ    
  
父島で    
 父島を離れる

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乗船までの時間を、横浜・三渓園を訪れます。 
三渓園は櫻の咲き初めの季節。沢山の観光客で大にぎわいでした。


原三渓は、生糸の貿易によって財をなしましたが、若い芸術家を後援したり、関東大震災のあとの横浜を復興するにあたって、多方面に大きな貢献をしたことは、皆様ご存じのことです。

この三渓園は約53、000坪もある邸宅で、明治39年に造られたもので、一般にひろく公開したのでした。美術に対する鑑識眼が確かで、沢山の美術品も蒐集して、それらをも展示公開したのでした。


アジア人とした初めてのノーベル文学賞を受賞した、詩聖と言われる「タゴール」もここに滞在して、詩作したことでも有名です。


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蓮池と睡蓮池があり、鯉が泳いでいましたが、そこになんと沢山の亀がプカプカ浮いていました。
何と言う亀かはわかりませんが、顔にしましまの隈がある亀でした。

三渓園では、入ってすぐの藤棚の下に、投句箱が設置されたありました。ふと思いついて、私も一句書いて投句して来ました。

  「花いかだ 蓮池の亀の背に泊てぬ」

如何お思いでしょうか?


鶴翔閣というところは、入って内部を見ることもできる建物のようでしたが、この日は、何かの会合に使われていて入れませんでした。

多くの文化人が出入りしたと言う 広大な原家の邸宅でした。

現在では会議やパーテー、茶会などに利用することができる「貸し出し施設」になっているのでした。

外部からその素晴らしい建物を見て来ました。

上の写真の馬酔木はその庭に盛りに咲いていたものです。






原三渓 記念館に入り、いろいろと勉強させられました。

素晴らしい人物像に感動しました。

生糸で財をなしたと言っても、それを惜しみなく公共のために用い、美術の振興や芸術家、文学者の後援をした 三渓の大きな人柄に心を打たれたのです。

大池には沢山の水鳥が遊んでいました。

櫻の季節、紅葉の季節は夜も開演されてライトアップされるのだとか聞きました。

横浜の人々は幸せだと思うことしきりでした。

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