コルサコフ・ ユジノサハリンスク |
小樽から三沢へ | 三沢 |
老舗の割烹旅館に泊まりました。この旅館でも、とれだての烏賊のお刺身が供されました。 私の叔父が水産試験所で、烏賊を主たる研究対象でしたから、それを思い出します。 それにしても烏賊はいかにも美味しかったです。朝の食事にも烏賊素麺がでました。 海を望む浴場にもでかけて、いただいた夕食は、流石、割烹旅館と言う感じで、本当に感動するくらい美味しかったですよ。 |
美味しい朝食をいただいて、ゆっくりと函館から小樽へ移動です。小樽ではクルーズ船に乗るだけで、今回は見物ナシです。 小樽築港駅で下車して、迷うくらいの大型ショッピングモールを、ウロウロしながら、行き方を聞きながら通り抜けて、やっと乗船手続き場所にたどり着きました。前途が思いやられますネ。
そこから、バスで小樽港へ、すべての風景に目を瞑って小樽市内を抜けて移動したと言うわけです。
乗船口では新型インフルエンザ関係の警戒で、熱を測られ、手を消毒してから、船室へ移動です 午後3時賑やかに出航しました。
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クルーズでは必ず行われる避難訓練のとき、 見慣れたお顔に逢いました。 もうすっかり光輝高齢者の仲間みたいですが、 写真を撮らせて頂きました。 明日の夜は彼らが歌います。 |
明朝はロシア・サハリン州・コルサコフ港に着きます。 小樽の港ではこんな風に紙テープを投げて、潮太鼓の演奏で見送られました。 昔日、日本領土だった樺太だから、その跡を見にゆきたいと言う人について 行くだけの小旅行なのです。
でも、今は異国。VISAをとったりしなければならないので、ちょっと面倒でしたが、旅行会社が代行してくれました。 樺太の戦後の苦難に思いをいたしますと、こんな興味本位の物見遊山的な旅をしたりするのはちょっと不謹慎かも知れないと思うようなところですね。
お許し頂きたいとおもいます。
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まだくらいうちにロシアの領海に入り、コルサコフの港近くなると停泊して、水先案内人が 乗り込んで来ました。着岸するまではまだまだ時間がかかります。 これはコルサコフ港外から見る朝日です。 日本領土だったときには 人々はこれをどんな気持ちでみたのでしょうか。 |
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