トロイからエフェソス | コンヤからカッパドキア | 再び |
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アンカラ | イスタンブール |
真夜覚めて一人仰ぎ見る細き月太初より変わぬこの静けさは
遺跡の道に石敷きつめし奴隷らにも夢を見せしか渡る弦月 霧を透きてしずかに登る太陽に向きて絲綢之路は続けり 岩山と禿げ山と砂漠のこの道をシルクロードと名付けし思い 厚く高き壁めぐらせし隊商の宿を夕闇はしずかにつつむ 風吹けば乾く砂埃流れゆく道に幻想は駱駝の歩み 時世経て駱駝の臭いもすでになき隊商宿の壁厚く高し 影曳きて歩む駱駝を夢に見る絲綢之路の果てなる土耳古 トルコ石売る店に立つ青年のいと美しき日本語を聞く この色は天の色幸福の色と繰り返すトルコ石を売る人の日本語 神殿の柱白く沈む露天の湯冬なれど記念にと泳ぐ人居り 石灰棚を流るる湯の川に遊びたる足火照り来ぬ夜更けの床に |
壁に向きて蹲る女の長き祈り畏れつつ見てわれはただ立つ 岩窟教会に描かれし壁画を仰ぎ見る信仰のなきわれは怖れつつ くりぬきし砂岩の壁にマリアを描きキリストを描きて祈りし人ら 千年余を経し壁画よりひたすらの祈り迫り来岩窟礼拝堂 カッパドキアの奇岩立ちあがる冬の空思いもかけぬ程に青かり 迫害を逃れて地下に暮らせしとう平和はあわれ怯懦に似たり 宗教が理由で国を追われたることも歴史と肯きて聞く 火山灰地の葡萄は地下深き水を求め味濃しと言う泪ぐましさ 砂岩に誰が穿てる穴か知らず住みつける鳩ら人を恐れず 買う気のない私に絨毯やの青年は結婚の話を切々とする 結婚は心でと言う青年に「美人も条件」と言えば笑いぬ 指細き乙女が細かく結びいる絹の絨毯の値段は聞かず |
栄光の過去の幻顕つるごと鹹湖に沈む日は空染むる おもむろに鹹湖は夜の闇満たす過ぎてゆく時間を思えとばかり 塩の湖に沈みゆきたる太陽の残像長く眼裏に置く ピラカンサが眩しく門をかざるアタチュルク廟の朝を訪う 国父廟の門前の朱きピラカンサ枝垂れて危うき均衡保つ 立哨の兵の息白しアタチュルクの廟を訪う朝は厳しく晴れて 髪を覆い長き服を着る女は見ずトルコ共和国の首府アンカラは 「お早う」「今日は」「有り難う」便利な土耳古語を三つ覚えたり 過ぎて来し戦の日々に誰が触れし黒光りする階の手摺りは |