勝浦 小湊 | 鴨川 館山 | 会津 寄り道 |
六月二十二日。雨を思わせる曇り空を仰いで出発。東京についたら晴れて青空。京葉線に乗り換えるため、地下を五百メートル近く歩いてようやく京葉線のホームに辿りつきました。駅の売店で、昼食用に弁当を購入。ホームは地下三階にあり、東京駅の構内を歩くだけでかなりの距離の様でした。 午後一時。特急わかしお号で、内房線・安房小湊へ向かいます。列車は空いていました。網張、蘇我、大原、御宿などを経て四時三十分。勝浦にて途中下車。勝浦の駅には、「お万の方」の銅像がありました。これはレプリカで、本物は勝浦城のある岬の上にたっているのが望見できました。そこへは行きません。 |
房総とは言っても、このあたりは海から直に崖をなすように山に入るようなところでした。 |
お万の方は、勝浦城主・正木時忠の娘で。豊臣秀吉の小田原攻めで勝浦城が落城した際、お万の方は断崖絶壁から海に脱出したと言われているのでした。 後に徳川家康の側室となり、初代紀伊藩主徳川頼宣(和歌山城)、初代水戸藩主徳川頼房(水戸城)と、徳川御三家のうち二藩の藩祖を産んでいるのです。 そんなわけでお万の方は、黄門様の徳川光圀の祖母にあたります。 駅前からタクシーに乗り、勝浦の港を見ながら山の方へ登ります。勝浦の港も、東北大震災のあと、すっかり生気を失ってしまったとか言いました。自転車の老人が道の真ん中をゆっくりとはしっていると言う有様でした。 |