茫茫漫遊記 飛鳥編
グアム・サイパン・年末年始クルーズ 編
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横浜出港
硫黄嶋
シャンパンを掲げて出港の銅鑼聞けば忽ち日常に遠き夜の海
離りゆく港の明かりを見つつ立つ事ひとつ終えたる如き思いに
海少し荒れているらしひたひたとゆれる湯ぶねに身を漂わす
東京湾出ずれば更けゆく冬海の荒れて飛沫が窓打つ音す
昨夜の荒れの飛沫が乾くバルコニーに穏しき海の上の硫黄島見る
硫黄島の擂り鉢山を見つつ寄る手すりに白く乾きいる塩
最激戦の地ゆえ日本のイオウトウを今も米国はイオウジマと呼ぶ
死ぬなとは言えずに送り出したりと英霊の母は涙流しき
死ぬ他に術のなかりし兵士らの心過ぎりし思いは知れず
幾千の屍沈む南海に細き身光るうろくずの影
戦跡に花かかげいる火焔木大木となるまで経りし年月
いまさらにかける願いもなきものを願掛け人形と聞けば購う
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スーサイドクリフ
月見島
断崖に幼子を抱きて身を投げしを語りてさりげなし若きガイドは
バンザイと叫びし心は信じ難しはかり難しと海を見てたつ
凄惨な最期は静かに語られてサイパンの海はあくまで蒼し
投身の絶望にいてバンザイと叫べるか青きこの南の海に
千を超す投身ありて血に染みしと青く美しき海を見て聞く
玉砕とう美しき言葉に欺かれて幼くありしわれを悲しむ
司令部と言うにはあわれな洞窟に勝てる筈のなき戦せし人ら
残骸となりて残れる軽戦車玩具にも似る薄き鉄板
自栽せる屍が積みて腐ちゆきし崖下に今はしげりあう木々
六十四年経て訪ねたるサイパンの自殺の崖の上の青空
戦いを知らぬ世代ののどけさに癒されながら戦跡をゆく
風にそよぐサトウキビ畑幻にたたせるばかり暑きサイパン
敗残を恥じて隠れし人々には触れす過ぎたることも知りたり
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初日の出
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玉砕とう最期を聞きて奮い立てと教えし人に従いしわれら
勝つことを信じていたるあの頃のわが純真の涙ぐましき
フィリピンのバンドが歌うケセラセラが諧謔に似る歳晩のディナー
お供えをして留守にせるわが家も静かに新年を迎えいるべし
サイパンの沖に初日の出を拝む戦は遠く凪ぎわたる海
初日の出映してしずけき海の色この世に嘆くことなきごとし
日本のならいにそいて屠蘇も雑煮も供されて楽し元日の船
スコールの去れば短き海の虹立つを見て二人の時の間惜しむ
この海に戦いて逝きし兵たちも大きくのぼる日を仰ぎしか
腕時計の跡くっきりと残るまで日焼けして南国の新年迎う
窓の辺のコップに匂うプルメリア旅の終わりを華やかにする
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