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茫茫漫遊記 一 関・ 中尊寺紀行 編


                 

中尊寺本堂 ウバユリ

窟堂 逝きし女を思い出させる白木槿さわに盛るを見て旅に発つ

沿線の斜面に群れて咲きいるは山百合かと見てたちまちに過ぐ

山萩のはやいじらしき花つけて揺れおり峡の無人の駅は


車窓より山百合咲くを見るならいある旅をして逢う人のあり


地震のあと幾日か枯れしとう厳美渓に戻りし水のかすか濁れり

蝉の声ひびかう峪をゆらゆらとかっこうだんごの籠が越えくる

年ごとに風化の進む磨崖仏の苦行にも似るか真夏の日差し

崩落の痕のこる峪に鶯はすずしき声をひびかせており


窟堂の旧き大杉仰ぐとき不意に近々とひぐらし鳴けり

ひぐらしの声長くひきて鳴きやめば閑かに水のゆく音もする

僧の影の見えぬ寺庭のくらがりに一本高く白きうばゆり

言葉の海を尋ね入りたる人の像仰ぎ見てより歌会に行く

窓の開かぬホテルの部屋の床隅にテントウ虫一つ転がりいたり


書かねばと持つ鉛筆の芯折れて忘れてしまうフレーズ一つ

人を刺すときもあるべし鉛筆の芯とがらせている夜の部屋



光堂の旧鞘堂 月見阪


鏡台に対称なして旅の宿にわたし一人の時間が動く

一人の部屋に入れば自由のもの思い大き欠伸も鏡にうつし

いつかまた逢う約束をせし友が旅の夜の夢にたちて笑えり

日盛りの舗道に揺れる木々の影とわが身の影といずれがくらき

浴衣着て大人びてみゆる乙女らが下駄を鳴らしてゆく夏祭り


道に垂るる祭りの素朴な吹き流し旅人われも分けて歩みぬ

義経も弁慶も登りし月見坂に杉の巨木の置く影を踏む

息はずみ汗あえて登る月見坂立ち止まれば聞こえてくる蝉の声

木々のみどり若しと言いては立ち止まり立ち止まりつつゆく月見坂
八百年遠忌供養塔たつ覆堂湿りもつ土の匂い淀めり


夫とわれの弱りたる眼のお守りを購いいて連れ立つ友見失う

過去の痛みに触れずに居ることで友との深き交わり続く
澱のごとく溜まれる思いを舞いあげて君の言葉はわれを刺したり

また逢おうと言い交わすことが年ごとに慰めとして聞こゆるあわれ
彼の暑きヒロシマ・ナガサキを言い出でて寡黙の二人が夜の川わたる

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