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茫茫漫遊記  短歌  ペドロパブロフスク・カムチャツキー編



小樽運河に去年も逢いし写真屋が同じ台詞でわれを誘う

歴史的建造物とう名を持ちて小樽運河に沿うつろな倉庫

賑わいし過去を思わせて説明板にはロシア語もあり

魚好きの夫と連れ立つ旅の日は魚市場を欠かさずに見る

夜の間に宗谷海峡を越えており思いもかけぬほどにしずかに

塩の匂い微かな風に吹かれつつ珊瑚草は紅葉を初めていたり

港辺の魚市場は感動市場と名をつけられて朝を賑わう

朝早き港に船より下ろさるる鮭はどどどどと音をたてつつ

獄衣着し等身大の人形が繋がれてあざあざし監獄博物館

人を裁く時間を止めて展示法廷に等身の人形がいつまでも立つ

監獄が博物館となり展示される等身の人形達はみな目を上げず

錆をふく拷問の道具も展示して異界に続くごとき歳月

幾そたび人を傷つけて来しわれか監獄博物館の赤き七竈

風に吹かれ橋を渡れば番外地の刑務所に遅き向日葵が咲く

船旅の二日のために買いて持つ蟹脚五本と網走ビール
       


択捉の雲被く山を見て立てり風強きデッキに夫と並びて

異国と言う感じの街にプレハブの入国管理小屋を通りぬけたり

鉄骨の露わになりて錆びしビルが港に森閑と時を止めおり

暮れなずむカムチャッカの街広場にはマント翻すレーニンの像

レストランの壁に時間を止めているロシアンブルーの飾り時計は
旅三日に四度供されしボルシチは様々の味さまざまの色

自由市場に土つきのビーツ売る老女巡りをゆっくり時流れゆく

壁面に隙間なくかかる金色のイコンに圧されて教会を出る

「宗教が解禁された」ロシアなり静かな目を持つイコンのマリア
採りて来し茸をバケツに盛りて立つ自由市場に客を待つ女
       


ゴムボートに一蓮托生のわれわれを海豹が顔を出して窺う

羽短く飛翔つたなきエトピリカしぶきをあげて海に下りたり

断崖の危うく巣ぐむ鳥たちに敵に襲われぬ平安のあり

海鳥の群るる島の傍に船とめて釣り糸垂れてしばしを遊ぶ

釣りあげし三尾のホッケ船頭は夜の食事にするとよろこぶ

遊牧民が犬橇を駆くる絵はがきを買いて最後のルーブル費う

落日の余光薄れて爪の様に細い月が光を返し始めぬ

雲を染め山を染め海を染めながら沈みたる陽はなお空染むる

千島とう名に親しみて来しわれら船より遠く見るその島々を

船の揺れに夢も揺れつつ夜を過ごす台風に荒るるオホーツクの海
たどきなく夢を幾つか見ては覚む船腹を打つ重き波音

択捉の島の入り日を遠く見て心迫れば無言の二人

過去に凝る思いあり択捉の島影を赤く染めて日沈む

過去の夢に見たる色して沈みゆく陽は択捉の山を染めたり

戦敗れ自裁して果てし魂を幻視せり択捉の落日の刻
       


釧路港の朝霧晴れて堤防に群るる鴎はみな海に向く

岸壁に寄る小魚は身の細く秋づける朝の光をゆらす

三時間の時差こえて着きし日本にはみどり穏やかな日本の風景

美しき阿寒湖見ゆると誘われしスキー場の岡に秋草の花

水面を鏡となして底を見せぬ湖はみな哀しみの伝説を持つ

人を喰い味を占めたる熊が棲むと指さす山にかかる薄雲

熊の棲む山の裾野の牧場にのどかに草を食む牛の群れ

帯広の大学構内は白樺の林尽きるまで人影を見ず

大学の牧場に放たれし馬たちはのどかに群れて優しき目もつ

主婦の顔となりて馬鈴薯購えり旅終わる日の十勝帯広
       

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