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私の名前

 マイ ネーム イズ フローム シュガー

 

 今日は私の名前についての思い出です。こんなことって滅多にないでしょうから。作文教室の先生ならば。笑って合格点をくれると思います。

 五十年くらい前のことです。ここで、半世紀以上前のことです。と書けばものすごい古い感じになりますが、大学を卒業して、何となく就職をしなければならないのかなと呑気にしていた私。
 まず卒業証書を貰う前に戸籍抄本を提出するようにとのこと。何の意味かは知りませんが、その言いつけに従いました。
 すると驚いたことに、なんと私の名前がカタカナだったのです。それまで「頼」という漢字を使って過ごして来ましたし、小学校から中学校、高校、入学卒業、卒業証書も「頼」。大学入学も「頼」でと順序を踏んで来ました。
 この字は 祖父の名前から貰ったものだと 父が話しておりましたし、絶対に漢字だと思い込んでいました。

 なんとカタカナだったと知って、愕然!吃驚仰天!姉も二人の妹も漢字一字の名前なのです。それなのに何故私だけが方向を示す「接続詞」みたいなカタカナ!、なんですもの。本当に泣きたくなりました。
 驚いたことにそれを知って 父も吃驚したのです。そんな訳はない!と怒り、今度は戸籍謄本を取ってみましたが、あきらかにカタカナです。仕方がありません。届け出を誰かに依頼して、その人がカタカナで届けてしまったのですね。恨んでも嘆いてもこれで戸籍を傷つけることは出来ないが結論。

 それにしても役場でも小学校入学の通知(多分あったでしょう)からズーッと漢字の名前を使っていたのですから暢気なものでした。
 それらの学校の卒業証書も漢字で書いてあります。

 そこで 大学の学生証、卒業証書を訂正して貰いました。事務の人が呆れていました。就職の心配なんかそっちのけ。大学の専攻科に入って、高校教員免許一級を貰いました。それを活かしたかと言われると答えられません。
 だから、小学校時代、高校時代の友だちからの手紙は今でも漢字です。このバカバカしいうっかり届け出の成り行きを説明して報せるようなことはしていませんから・・・。

 悔しいですが仕方がないことで、この頃は勝手に愛らしく見えるように「子」をつけて、それを雅号だと思うことにしています。
 この頃ではふざけて 
 マイ ネーム イズ フローム・シュガーと言って笑える様になりましたのよ。

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