昨夜は晴れて、お月さまが明るく庭を照らしていました。月が出ると何故か随分前に
「人間が影持つことの哀しみを
知り初めて子の影踏む遊び」
という一首を詠んだことを思い出します。満月の夜に庭に出て、その月光で姉たちと影踏み遊びをしたことがあったのです。あの時歌った歌は
「でたでた 月が まぁるい まぁるい
まん丸い ぼんのような月が
かくれた 月が くうろい くうろい
まっ黒い すみのような 雲に
またでた 月が まぁるい まぁるい
まん丸い ぼんのような月が」
と言うのだったと思います。こんな歌を歌うと、今の子供達はわらうでしょうね。お月さまの光でできる影はお日様でできる影とはとはちがい、本当に黒い影でした。そしてお月さまももっと明るかったような気がします。
今ではお月さまの光で影踏みをするなどと言う遊びは想像もできませんでしょう。町の明かりの方がお月様よりもあかるいですから、影なんか出来ませんね。でも時折、私の住む田舎では。空気の澄んだときのお月さまを見あげると、あの頃のことを思い出させま明るさがあります。
雪の上にくっきりとまっ黒い影を置く冷たいお月さまもありました。そんな夜は本当に寒くて歩くとキュキュと雪は軋む音を立てました。雪の上で転ぶことはしょっちゅうでしたが、そんなあるとき憧れていた先生と、受験勉強でおそくなった学校帰りに一緒に歩く機会がありました。
うきうきして歩いていたらツルンとすべって仰向けになってしまいました。そんな私を見て、先生は笑っただけで、「大丈夫か?」とも聞かすにすいすい先に行ってしまいました。その時深い藍色の空に冷たいお月さまが真上にあったことを忘れません。雪の上の月光はその時のことをいつも思い出させます。
月の光だけでなく、栄光の光もすっかりなくなりますね。鉱山跡というのが、それを最も強く感じさせられるところです。
それにしても、鉱山町と言うのは、鉱山がなくなると、全く跡形もなくなるのですね。
本当に小説よりも不思議なくらい森閑とした鉱山跡になってしまいます。
岩見銀山も似たような経過をたどったのでしょうが、世界遺産になったので、銀はとれなくとも、人間が沢山目を向けるようになりましたから、違った意味でよかったですね。
私が小説の題材に使ったのは、秋田の院内銀山です。ここは三五十年にも渡る歴史を持ち、明治十四年には、明治天皇が行幸され坑内に足を踏み入れた御幸坑などもあり、これを記念して鉱山記念日が制定されたようなところです。今は廃鉱になったまま、御幸坑の前には記念碑がありますが、坑内からチロチロと水音がしているだけです。当然立ち入り禁止です。
数万人を超える人口を誇り、秋田(久保田)の次に大きかったという町は跡形もありません。お寺が幾つもあり、学校も遊郭もあったと言う町が、廃れてしまったのですから、鉱山町の運命ははかないものです。大きな墓地が残り、そこには今でも縁者が遠くからルーツを辿って訪ねて来ると言うことで、町が管理しています。
秋田県は秋田県民歌にも
「廻らす山山霊気をこめて
斧の音響かぬ千古の美林
地下なる鉱脈無限の宝庫
見渡す広野は 渺茫霞み
黄金と実りて豊けき秋田」
とありますように、結構地下資源の面で豊かな地域だったのです。いまでは枯渇し疲弊してしまいましたけれど。秋田には鉱山専門学校と言う日本でただ一つの鉱山の学校があったりしました。今は秋田大学に併合されています。
夫と思いついて出かけたのは阿仁と言う鉱山跡の町でした。選鉱所跡と廃鉱の坑口跡が見られます。
阿仁鉱山は延慶二年(一三〇九年)阿仁金山として開発されて後、寛永年間より銅山が開発され享保元年(一七二六年)には、秋田佐竹藩の産銅は全国一となりました。そして日本三大銅山の一山として全国的に名が知られていました。
平賀源内が新しい銅の精錬法などを指導したり、ドイツの鉱山技師やアメリカ、イギリスの技師が指導したとかで、異人館があって明治中期から、この全くの田舎の山中に非常に拓けた生活があったようです。
最盛期には1万人を越す人口があったとかですが、昭和四十五年に、完全閉山になって、今は三千人足らずになってしまいました。鉱山だったところは、すっかり雑木が生え育ち、残っているのは精錬所跡だけ、人家があったとは信じられない鉱山跡の町でした。たった四十年経過するとこんなになるんですね。案内してくれたドライバーは、この土地の人で、幼い頃は繁華なものだったと繰り返して言いました。
栄光の跡はまったく無くて、私は影を踏んだ気持ちで、むなしさばかりが募りました。
「よろけ」という鉱山作業をした人々の病気「珪肺」に効くとして食べられたクマの肉の入った饂飩を、小さな駅の中の食堂で食べました。効いたかどうかは知りませんが、鉱夫たちが勢力源としたのでしょうね。何だか悲しい味がしました。
お月さまでの影踏みから、とんでもない飛躍をしましたが、これも栄華の影踏みなのだとこじつけて書いてしまいました。
今夜もいいお月さまが出そうな天気です。